解せぬ

稀にこの言葉使う。しかし何故か、巷ではどちらかと言えば最近よく見かけるようになった気がする。
その理由はよく分からないが、アレか、時代が俺に追いついてきたのか。


という冗談はさておき、最近何か面白いことは無いかなぁと考えていたら、今日は終戦記念日だったことに今気づいた。
俺は勿論、親の年齢も既に終戦という事もあり、馴染みとしては薄いのは正直否めない。
けれども、忘れてはならないんだろうなぁ。
忘れたくても忘れられない事というのは世の中には沢山あるだろうが、それも時を経て、時代の流れに流されてしまうのだろうか。
それらの是非について問う事はしない。忘れる事のメリットも存在する以上、片方を否定する事は出来ないのだろう。
物事――それも考え方や思想において俺はなるべく中立を保とうと心がけている。議論になると敢えて意見を出さない事もしばしばある。
それは単に優柔不断とも捉えられるだろうが、それでもだ。
こうやって毎日のようにグダグダとした事でも書いていると、忘れがちになるが自分の発言はそれこそ世界に配信している。
例えリアルの自分を知らない人でも、見る事は出来る。
だからこそ。
1か0かの世界であればまだ話は簡単だが、双方にメリットデメリットがあったり言い分が理解出来る事に関してはブログでも意思を示す事はしない。
それこそ話そうとすれば政治的なアレな話題とか書き連ねる事は出来るだろう。
言葉には力が宿る以上、発言にも責任を持たねばならない。例えそれが匿名であったとしても。
今はこうしてネットとは身近なものになっているから忘れがちになるけどね。それこそTwitterとかでニュースになるような事を言ったり、匿名掲示板で犯罪予告して捕まったり。
言葉には重みがある。それだけは忘れてはならないんだろう。